タグ： アイル探索者 其は何を映す瞳

沢城宇史（https://charasheet.vampire-blood.net/ma3f8c71e68c6339d58a20524ea8c1cd2）の父親。なお1999年当時、一人息子である宇史は9歳である。 凡庸で真面目。自己評価は若干低い。なお唯一自己評価の高い服のチョイスは壊滅的。センスがないのだ。 愛妻家で、息子とも一定の距離を保ちつつ内心溺愛している。 元々一般企業に勤めていたが結婚を機に退社し、妻の家業の呉服屋を手伝っている。とはいえ業務内容の半分は、代々続く大店の女主人として多大なるストレスを抱える妻のメンタルケアである。愛故に専門書にまで手を出した結果、カウンセラが裸足で逃げ出す事態に。 以下蛇足 沢城徳丈は平々凡々を絵に描いたような男である。スペック的にはよく見積もって中の中、なんなら中の下と評されても仕方のないような男だ。自身も平凡に生きて平凡に死ねれば万々歳だと思っていたが、人生の分岐点とも言える事件が起きた。 とある金曜日の夜のことである。会社の飲み会で潰された同僚を家まで送り、自分もとっとと帰ろうと思っていた。既に時計の針はテッペンを廻り、刻一刻と貴重な週末の睡眠時間が削り取られていく。舌打ちをしたい気持ちに駆られながら同僚のマンションの鍵を開けた。半ば意識のないお荷物を引きずり、ベッドがあるであろう部屋を探す。結構な重労働だ。世が世ならエジプトの奴隷に間違われそうだ、などと思いながら最奥の半開きの扉を開ける。途端、ゴン！！という鈍い音が自分の脳天から聞こえた。状況を理解する前に意識が暗転する。最後に視界に入ったのは、暗い部屋の中に佇むピカピカに光り輝く女だった。 さて、ご存知の通り、ホモ・サピエンスには発光器は付属していない。そういう種族だ。どこかの毒舌女医よろしく電飾でも身体に巻き付けない限り、ピカピカに光り輝くことはないはずである。では何故彼女は光り輝いていたのか。少なくともその時点では理由などサッパリだった。 閑話休題。徳丈が目を覚ますと、当のピカピカ女に顔を覗き込まれていた。 「「うわーーーーーっ！？！？！？」」 もはやどっちのものかも分からない悲鳴が部屋にこだまする。いや、恐らく先に叫んだのが徳丈で、彼女の方は釣られて叫んだだけにすぎないのだろう。徳丈が我に帰るより先に尻餅をついていた彼女は立ち上がり、がばりと頭を下げる。相変わらずピカピカである。 「ごめんなさい！！絶対強盗だと思って！！兄を連れて帰ってきてくれた恩人になんてことを！！」 「いえいえ頭をあげてくださいそんな、僕こそ勝手に家に入って失礼しました！！」 勢いに押され勢いで応えてから気づく。このピカピカ女はそこでぶっ倒れている同僚の妹なのか。 「女性の立場からすれば自衛するのは当たり前ですし！それにお兄さんにはいつもお世話になっているので！ね！」 重ねて声をかけてやっと女は顔を上げてこちらを見tうっ待て眩しいなんだこれは。ピカピカがさっきの比じゃあない。思わず後ずさり、今度は徳丈が尻餅をついた。目をしばたたきダメージを逃そうとするが大して効果がない。眩しすぎて動悸と発汗まで出てきた。なんなら顔も熱い気がする。なんだこれは。なんだこれは。なんだこれは。 「あの……どうしました？大丈夫です？もしかしてさっきのペットボトルの打ち所が悪くて……！？」 異様な雰囲気の徳丈を慮って彼女は膝をついて覗き込んでくる。やめてくれ。今は僕の後頭部をほとんど自由落下で強打した2Lペットボトルなんかどうでもいい。近い。眩しい。目を白黒させながらヒュッと息を呑んだ徳丈の口から、やっとこサ茶葉の搾りかすのような声が出た。 「僕とっ、結婚してください……！」 ピカピカ女は呆気に取られた顔をした。誰だってそうだろう。そして99.9％の人間はそこで聞き返すか丁重にお断りするか警察に通報するかとにかく諸々の拒否反応を示す。当然だ。徳丈自身自分が何を言っているのか正直分からなかった。しかし彼女はピカピカをより一層強めながら、はい、と言い切ったのだ。とんでもないピカピカの笑顔で。 ——そんな信じられない出来事からもう10年が経ったのかと思うと、徳丈は感慨深いの一言では片付けられないような気持ちになる。事件の後、あっという間に縁談が進み沢城家の婿養子となってしまった。勤めていた会社も辞め、現在は彼女の家業（本来継ぐべき兄、つまり徳丈の同僚は継ぐくらいなら死んでやると主張したそうで、かと言って創業を江戸に遡る大店を畳むわけにもいかず、彼女に後継の御鉢が回ってきたのだ）を手伝っている。……とはいえ、あまりに彼女自身が優秀ゆえ徳丈の出番はほとんどなく（下手に手伝おうとすると却って手間を増やすことになる）、ほとんど専業主夫のような役回りなのだが。 なお、彼女は元々兄と同居していた訳ではなく、実家で繰り広げられるお見合い攻防戦に耐えかねて、両親に黙って兄宅に逃げ込んでいたところだったらしい。つまるところ、彼女にとって相手は親が選んだ男でさえなければ誰でも良かったのだ。もしかすると初対面で失礼な勘違いをした上に小学生のような罠に嵌めて失神させたという負い目もあったのかもしれないが、それにしたって「上の上」のうら若い女性が「中の中か下」の男を選ぶと言うのは訳が分からない。本来なら不釣り合いなのだ。そう考えると例え自分が彼女の両親への当て付けの道具として選ばれただけに過ぎないにせよ、現在こうして可愛い息子と3人で暮らせるのはこの上ない僥倖なのだ。いつだか酔った勢いで妻となった彼女にそう漏らしたら、思い切り脛を蹴り上げられた。何が気に障ったのか正直今でも分からないが、怒った彼女すらピカピカに見えるのを考えると、恐らくこの正体は恋とかそういった類のものなんだろうなと徳丈は思う。中身をろくすっぽ知らないまま結婚してしまったせいで彼女の知らない一面が毎年増えていく一方であるものの、知らない表情を見るたびに彼女の眩しさが増していくようだった。つまるところ、一目惚れから始まって、毎日彼女に恋をし続けているのだ。そう考えてみるといろいろなことに合点がいくし、幸せな気持ちになる。 いろいろな願いを込めて名付けた息子も今や9歳で、健やかに育ってくれているのが本当に嬉しい。世の一般的な家庭とは違う分不自由な思いをさせるかと思い不安だったが、妻に似て利発で元気な子に育ってくれている。そして家庭環境などよりよほど自分の名前が「うし」と読まれる方が気に食わないらしいのだが、口を尖らせながらも名付けた徳丈の前では決して口に出さないところがいじらしい。また時折抜けたところを見せるのも親としては愛おしくて仕方ないものだし、いつまでも眺めていられたらと思うのだ。

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