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きない　そうし　37歳　男　元パイロット 《呪文》精神転移の呪文 《アイテム》金の勲章／バッジ（身に着けているとき、一度だけ1D3のSAN値回復） 幼いころ、父が単身赴任で海外へと発つ際に見た飛行機に一目ぼれし、それに携わる仕事に就きたいと強く思う。 そんな彼を家族も応援し、彼はそれに応えるかのように必死に勉強した。そしてようやく、26歳の春、念願のパイロットとなった。 しばらくは見習いとして先輩の補助をしていた彼だったが、それも3年が過ぎた夏の日のことだった。 その日は風も穏やかで天気も良く、飛行機が飛ぶには最適と先輩は笑って、彼にメインの操縦を任せてくれた。 緊張こそしていたものの、隣にはいつもの自分のように、補助として先輩が居る。それだけで安心感があった。 無事離陸し、軌道に乗った飛行機は安全に目的地へと向かっていく。しかしその時、事件は起きた。 「大変です！」キャビンアテンダントが必死な形相で操縦室に入ってきた。「乗客の男が、刃物をもってて、」しどろもどろに話す内容と、彼女の腹部に広がった血液に眼前が青く染まる。 「お前はここに居ろ」そう言った先輩が、彼の制止の声も聞かずに操縦室を出ていく。 軌道にさえ乗れば、飛行機は自動操縦に切り替わる。万が一のことがなければ、自分がここを離れても恐らくは大丈夫なのだ。 けれど、そうではない。自分が、パイロットがここに居ること。それが乗客がなによりも安心できる事実なのだ。 たとえ犯人を捕らえても、メインパイロットがどこにいるのかわからなければ、万一致命傷を負えば、膨れ上がった不安は今度こそ破裂してしまうに違いない。 そこまでを見越して、先輩は「ここに居ろ」と言ったのだ。彼は助けに行きたい衝動を堪え、ただ、待った。先輩の帰りを。犯人を連れて、ここへ戻ってくるあの笑顔を。 しかし、そんな彼の願いとは裏腹に、先輩は戻ってはこなかった。 のちに聞いた話では、先輩は錯乱した犯人に向かっていき、その命を呈して、犯人の命を奪ったのだという。 乗客数人と乗組員数人が軽傷を負い、そしてサブパイロット一名が死亡したこの事件は多大なるニュースになった。 事件の余波は当然のようにあったが、それが落ち着いてきたころ、彼は先輩の抜けた穴を塞ぐようにメインパイロットとして搭乗するようになっていた。 しかし彼は、機体が軌道に乗り始めると、軽い頭痛を覚えるようになった。 これはただの乗り物酔いではない。そんなことは彼が一番よくわかっていたが、それでも彼は周りに嘘をつき続けた。 搭乗する回数が増えていくうち、頭痛はひどいものになっていった。そしてついに搭乗前に吐き気を覚えるようになり、彼はもういよいよ自分が使い物にならなくなっていることに目を向けたのだった。 彼が辞表を出したのは、35歳の暑い夏の日だった。 今現在、貯金を切り崩しながら、守るものも、がんばることも見つけられず、彼は毎日を惰性で生きている。 まだいい。まだ、休んでいてもいいはずだ。だって頑張ったのだから。必死に役目を果たそうといていたのだから。 そう自分に言い聞かせて、今日も蒸し暑い部屋でコンビニ弁当を貪る。今の彼にはもう、なにもなかった。

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