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ひだり・うしお。 第一次登山隊の一員として、狂気山脈に挑む予定だった登山家。 しかし、出発予定のまさにその朝、左は原因不明の40℃近い高熱を出し、基地に残ることになる。 高熱に浮かされる彼が見ていたのは、予定通り第一次登山隊の一員として仲間達と共に狂気山脈に挑む自分の姿であった。 登山は過酷を極めたが、チームメイトらと共に互いに手を取り合い、ついに頂上目前まで辿り着き、そして── ──そこで彼の夢は唐突に終わった。後にはただ暗闇と静寂だけがあった。結末を失った夢と、孤独感が彼の全身を包んだ。 その永劫とも思える空白の後、彼は高熱から回復し、そして仲間達が一人残らず消息不明となったことを知った。 それからの現実は、悪夢そのものであった。空白の恐怖。共に未踏峰を制覇する筈だった仲間達を失った喪失感。 そしてなにより。本来そうした人々と迎えるはずだった結末に、自分は置いてゆかれたという絶望感── 全ての仲間達と再会し、この終わりなき悪夢を終わらせるため、彼は再び山に挑むことにした。 　＊　＊　＊ 左は、当初どこにでもいる平凡な少年であった。小中はスイミングスクールに通い、それなりの結果を残しはしたが、せいぜいが県大会止まり。回りの選手達と競い合うことにも、あまり意義を見出せないでいた。 高校に上がり、何かこれまでとちがったことをしよう。そう思って入部した山岳部が彼の人生を変えた。 チームメイトたちと協力しながら、丸腰ではとても生き残れないであろう大いなる山に臨む。 自然の試練を乗り越えた末、極寒のはるかなる頂きから眺める景色はこれまでみたこともないもので、左は生まれて初めて本物の達成感を味わった。 高校を卒業し、大学に上がるころには、注目の若手登山家として世間から注目を集めるようになっていた。 といっても、彼はスタンドプレイというよりは人々と共に在り、共に自然を克服するということに喜びを見出していた。 その後も世界中の山を登るうち、モンブラン登山でドイツ人の恋人シュテファニー・フォルヴァルトと出会う。 シュテファニーは金髪ですらりと背が長く、寡黙な左に対し活発でよく笑う性格だった。 彼女は医学を修めており、モンブラン登山隊でもドクターの役割を務めていた。モンブラン登山中に怪我を負った左を手当てしたのが馴れ初めである。 二人は時折同じチームで山に登り、お互いシュテッフィー（あるいはシュテフ）、ウシオと呼び合う。 シュテフの手解きで、左も簡単な応急処置程度であれば出来るようになった。 左はドイツ語を、シュテッフィーは日本語をそれぞれ勉強して、それぞれ相手の言語で会話してみるなどをしている。 シュテッフィーの口癖は „schön! （シェーン！）“。素晴しいとか美しいの意味。 アンデスやヒマラヤなど数多くの難関に挑んだ彼が、遂にみつかった人跡未踏の山に興味を持つのは、当然のなりゆきだった。 恋人と共に、狂気山脈の初登山隊に名乗りを上げ、見事隊員の座を射止めたのである。

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