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「吉津 哲」という男は努力の天才だった。 良家の長男として生まれ、周りのプレッシャーに耐えながらも常に気高くあろうとした。 血も滲む努力は誰にも自慢したことはなく、ただ「天才」と呼ばれる為に最初から何でもできる人間を演じ切っていた。 その成果あってか小さいころは「神童」と呼ばれ、学校や家からも期待されていた。 惜しみない努力は中学高校時代でも続き「文武両道」を体現していた(陸上部に所属し、インターハイでいい成績を残すぐらいには優秀だった。球技や細かい技術を用いるスポーツは努力の限界があると諦めた。) 「神童」は劣化することなく「天才」となった。名門医大を首席で卒業したあと医学研究に身を置き、28歳という若さで准教授まで登り詰めた。 その頃の彼は、家や周囲の期待など全て飲み込み「自尊心」の塊のような男になっていた。 自分以外の人間など「吉津 哲」という天才を際立てる烏合の衆でしかない。自分よりも優れた人間などいない。 そう思っていた。ある人間が現れるまでは。 大学の研究施設で出会った犯罪心理学の教授。その頃から凄まじい「才能」と「研究熱」を持っていた教授に、吉津は圧倒されてしまった。その人物は吉津が初めて会う自分以外の「天才」だった。「格が違う」そう感じてしまった。 自尊心の塊だった男は「この教授の才能に勝つ事でしか自分の天才を証明出来ない。」と思うようになり、更に努力を続けた。 しかし、吉津が研究や論文などの功績を上げようとその教授は必ずそれを超える功績で世間を塗り替えてくる。 33歳で教授になった。だが勝てない追いつけない越えられない。「目標となる人間」など吉津にはいなかった。それは自分自身に対する侮辱だったからだ。しかし目標となってしまっている人間がいる。 それに気づいた時、吉津は大学を辞めていた。初めての挫折であった。 吉津は別の角度で研究を続けた。本当の「天才」になる為に。本当の「天才」を超える為に。 【檻屋 大吾】 吉津は自分の利益になる友好関係は広かったが、彼の本性を知りつつも良く接してくれていたのは吉津の大学時代の後輩である「檻屋大吾」だけであろう。「檻屋」は吉津が傲慢で嫌な性格である事は知っていたが、彼の努力の事を知っており心から尊敬していた。唯一の「吉津哲」を理解していた人物だ。どんなに吉津に貶されようと健気に先輩に尽くしていた。 ただ焦り困っていた先輩に、励ましの言葉をかけたあの夜。あんな事になるなど吉津も檻屋も予想していなかったのである。

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