タグ： 同居人 ロスト

　いつも飄々とした態度を崩さない私立探偵。猫探しから浮気の調査、報酬がつくのならば基本的にどんなことでもする。金にがめついというよりは、２人分の生活費を稼ぐため。無駄な浪費はせず、意外としっかり家計簿をつけている几帳面なタイプ。料理や洗濯といった生活力はお世辞にもあるとは言えないが、法的な手続きや確定申告といった所謂大人がやるようなことはしっかりと行える。自身のそのような部分をあまり人に見せず、あくまでちゃらんぽらんなおじさんという振る舞いを崩さないようにしている。 　大学を卒業してすぐに、5年ほど交際していた恋人と結婚した。気前が良く、おおらかな年上の女性だった。その後すぐに妻の妊娠が発覚し、彼が23歳の時に子供が生まれる。女の子らしいということがわかった時から妻と2人で頭を悩ませながら「知世」という名前を考えていた。妻の体調も安定し、ようやく退院の日を迎える。病院に迎えに来た秀樹に手を振る妻と、彼女の胸の中で眠る赤子。抑えることのできない笑みを湛えながら妻のもとに向かおうとしたその時、突然黒ずくめの男が背後から妻を刺した。そのまま彼女が抱いていた子供を持ち上げたかと思うと、強かに地面に叩きつけた。一時騒然し、すぐさま男は取り押さえられたが秀樹は何が起こったのかわからなかった。血を流しながら倒れる妻と子供。周囲の喧騒が煩かった。 　必死に医師たちが処置をしたものの、2人はまもなく息を引き取った。取り押さえられた男は、案外あっさりと警察に引き渡された。「幸せな顔した奴らが憎かった。誰でも良かったけど、一番幸せそうだったから殺した」と語ったという。どうでもよかった。積み上げた幸せが一瞬にして崩れ去ったということ、もう二度と妻にも子供にも会えないこと、それだけが事実で、それ以外はもうどうでもよかったのだ。 　生きる希望を見失い、自分もこのまま2人の後を追ってやろうかなんて考えながら1人帰路についている時、秀樹はダンボールに入れて捨てられていた赤子を見つける。普段の彼であれば、冷静に警察や然るべき機関に連絡し、預けて終わりだっただろう。しかし、その時の彼にとっては紛れもなく運命だったのだ。この子は今日から幸せに暮らすはずだった知世なのだと、俺が守らなければいけないのだと、そう思った。死んだ娘と同じ名前をつけて、引き取ることにした。 　しかし、時が経てば経つほど、頭が冷静になればなるほど彼の中に葛藤が生まれる。 　あの日拾ったこの子は、決して知世の生まれ変わりなんかではない。れっきとした1人の人間なのだ。それなのに、別の人間を投影して、あまつさえ父親と呼ばせて育てているなんて。まだ本当のことを教えるのは早いなんて誰に言うわけでもない言い訳を繰り返して、いつのまにかもう知世は18歳になってしまった。 　自分が注げる愛情は、全部捧げたはずだ。たとえ自分が苦しい生活を強いられたとしても、知世には不自由なく暮らしてほしい。けれど、この愛情は誰に向けた愛情なのだろうか。今目の前で暮らすこの子か、それともあの日眼の前で死んだあの子か。自分にも分からなかった。答えを出すのが怖くて、何年も逃げている。 　それでも今たしかに言えることは、自分の命に代えても眼の前の彼女だけは守り切るということだけだ。

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