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　割烹旅館・鳳<おおとり>という名前を聞いて兵庫県山中に存在する老舗旅館をはっきりと連想できる人間が果たして何人いるだろうか。 　大輔と知り合った頃、高校生だった翠にはもちろんその名前は聞きなじみが無かったし、大輔がそこの跡継ぎであることなんて想像も出来なかった。 　高校を卒業してから将来を誓い合い、両親の承諾を得て彼の実家で住み込みで働き始めた彼女を待っていたのは――退屈な、本当に退屈な日常の連続だった。 　毎日同じことの繰り返し。山中に娯楽は少なく、楽しみといったら宿泊客の話に耳をそばだてるか身内の噂話をする程度のもの。都会育ちの翠にとって田舎の暮らしは肌に合わないものだったのだ。 　愛する彼は若旦那として出張りつつも、空いた時間には現在の社長である義父に付きっ切りで仕事を教わっている。 　どんなに退屈な日々が続こうと彼への愛情が潰えることは無かったが、自分を殺して一人の男を愛し続けることに耐え忍ぶ心は日を追うごとに磨耗していった。 　翠が初めて大輔以外の男にその瑞々しい身体を委ねたのは、実に山奥に軟禁される生活が五年ほど続いた頃だった。 　細く繊細な彼とは対照的な、野生的で獰猛な性質は彼女の精神を揺さぶるのに十分だった。声をかけたのは彼女の方から。バイクで一人旅をしていると言っていた彼が浴衣姿で歩き回っているのを見て、なんとなく、予感めいたものがあって。 　結果としてその予感は彼女の生活を大きく豹変させることとなる。仲居の詰め所として使われていたという六畳程度の古い和室は当時、翠の私室兼隠れ家のようなもので、離れの大浴場と客室とを繋ぐ渡り廊下の端にあり、好みの男を連れ込むにはまさにうってつけの場所であった。 　旅館は繁盛していて一人で来る男性客も少なくない。そしてなにより……翠のその美しい貌は、彼女が見つけ出した秘密のストレス解消法に好都合だったのである。 　しかしその行為は長く続けられなかった。客の中には口が軽いものも少なくなく、また一度抱いた翠のことを忘れられずもう一度……と来る者も多かったからだ。 　初めはなんとか隠しおおせていたが、ついにそれは明るみに出ることとなる。それも、大輔本人によって。 　大輔は友人に頼み込み、一人で客室に泊まるよう言っていたのだ。そしてそれが夫の友人だと知らずに翠は手を出してしまう。 　翠は――とにかく気が動転していた。わけがわからない。自分はこんなに酷い目に遭っているのに、耐え忍んでいるのに、なんとか見つけたストレスのはけ口を夫が自ら奪うなんて……それどころか、まるで自分が悪いかのように言われている。 　決して激しくまくしたてるような口調ではなかった。むしろ優しく説き伏せるように、何も言わない彼女に心の内を打ち明けてもらうために努力する、善き夫であろうとする一人の男の魂の言葉だった。 　冷静になり、彼の優しさに気づいた頃には……幾人もの男達に抱かれた彼女の私室は――ついぞ一度も抱いてくれることのなかった男の鮮血に濡れ、獣の臭気に包まれていた。 ☆技能について☆ ○興味ポイント ・目星(70)：好みの男に目星をつけるのだ！ ・聞き耳(70)：田舎の女は噂好き！　旅行客の話に聞き耳を立てるのだ！ ・図書館(55)：地方にゆかりのある民話などについて調べておくと、観光に来られたお客様との応対に役立つのだ！ ○職業ポイント ・応急手当(50)：いつ何時も、どのようなことにも対応できる若女将としての必須技能なのだ！ ・ナビゲート(90)：人手が足りないときには観光案内や送迎のために自ら運転することもある。若女将としては必須の技能なのだ！ ・信用(70)：お客様に安心しておくつろぎいただくためには、まずは信用してもらえるような人間でいなくてはならないのだ！ ・心理学(25)：どのようなお客様に対してもご満足いただけるよう、心理学の心得も必要になるのだ！ ・芸術(華道)(50)：お義母さまは華道の中に人のなんたるか、おもてなしのなんたるかを見出したとおっしゃっていらした。けれど私には……最後まで……。

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