タグ： 中島敦 ジャス CoC

昔から、気を失うことがままあった。 それはいつも突然やってきて、まるで何かを思い出させたくないみたいに、思考が揺らめいて消えていく。 いつの間にか意識が覚醒した時には、何も覚えていなくて。 三好さんが言うには、所謂「二重人格」というやつらしい。治る見込みはなさそうっスね。なんて苦笑気味に返された。 曰く、「敦さんを守ってるんスよ」だそうで。 ………最初に気を失ったのは、交通事故に巻き込まれそうになった瞬間だった、と思う。 トラックが目の前に突然来て、視界がうめつくされて、そのまま意識が刈り取られて。気がついたら、病院のベッドの上だった。その時に担当医師だった三好さんは、私がトラックを避けて受け身をとったことで、ほぼ傷がないことを教えてくれた。でもそんな記憶はなくて。意識がなかった、と口にした私の顔を見て思案して、そう言ったのだ。確かに、守られているというのは間違いではないのかもしれないけれど、自分に自分が護られるのは、少し変な気持ちになる。それに、助けてくれてありがとう、なんて言葉も直接いう事ができないのに、その後も彼に助けられ続けていた。 意識が戻ったら脅威は去っていた。 それと同時に、動かした記憶もない体がいつの間にか、よく動くようになっていた。まるで彼に順応するように。 少し不思議なことだけれども。何故か、私の中に彼がいることに、少し、安堵した。 あいつは覚えていない。 あの世界で何があったのかも。誰と出会ったのかも。 俺と、再会したことも。 それで、いいのだ。あんな救いの無い話は、あいつはきっと思い出したくもないだろう。 悲しくないかと言えば、嘘になる。虚しくないかと聞かれれば言葉に詰まる。けれど俺はあいつの兄弟を守りきれなかった。あいつを、置いて行ってしまった。あいつの兄弟を、殺してしまった。 あの死人使いを壊したことに悔いはない。アレとは一生分かり合えないし、そのつもりはない。許すつもりもない。あいつら兄弟が許しても、俺だけは、奴を許してはいけないのだ。 逆に、奴から許されることも一生無いだろう。形はどうであれ、俺達は"大切な人"を守るために戦った。俺もあいつも、"大切な人"のために、互いの"大切な人"を壊そうとした。 …あの時やつは、同じだ、と言った。ああ、反吐が出そうになる。だが結局、俺達の目的は変わらなかった。同じだった。"守りたい"。ただ相容れなかっただけだ。 …藤村、にいさんは、アレにきっと、俺とは違ったベクトルでの感情を持っていたのだろう。止めることはできなかったが、にいさんを責められはしない。兄さんの決意なのだから。ただ、あいつらを置いて行ってしまったこと。それはまだ俺の中で燻ぶっている。 ……オダサクにいさんには、悪いことをした。俺も人のことは言えないな。二人を置いて、消えたのだから。 きっと俺の言葉は呪いのようににいさんに纏わりついただろう。重責になっただろう。嫌いな嘘を、吐かせただろう。 許してくれ、とは言わない。ただ、この生でもあいつをみつけてくれれば、俺は、これ以上の幸せはない。 今度こそ、俺がこいつを、護るから。 ………なんであいつが。よりにもよって担当医なんだ。 ……なんだ、その生温かい目は。 何が「治る見込みはない」だ。こいつは覚えているな。あとで殺そう。 ………オダサク兄さんは…この人は…覚えていないのか。それにしても、アニマルセラピストか。兄さんらしいな。…猫はまぁ嫌いじゃない。 今度こそこいつに。幸せな物語を。

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