タグ： 桜卓

・微かな記憶 　生暖かく黒い雨が頬をつたう。臭くて汚くて、よだれのようにべっとりとした、私にとって何の害もない雨。 きっとよくない雨に決まってる。でも、この雨の外はもっと恐ろしい。そんな気がしてたまらない。自分の求める何かが、雨の向こうにあるはずなのに、足は動かず、顔ばかりが雨のむこうを向いていた。 目に入った雨を拭った手は、冷たく錆び臭かった。拭った箇所から視界が黒くにじんだので、何度もこすった。 こすってこすって、真っ黒しか見えなくなった。どこにいるのかも、わからなくなった。 　目が覚めたのも、頬につたう何かがきっかけだった。 ここに雨はない。人の影も2、3見える。外に出たことは明白だ。 また雨は来るだろうか。この子たちはあの雨に耐えられるだろうか。 あの雨を知っている私が守らなくてはいけない。この子たちも、私の求めている何かも、あの雨で汚してたまるものか。決意で握り締めたこぶしが、かん高く軋む音をあげた。 その手と音が、妙に身体に馴染んでいた。

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