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『あなたにいいことを教えてあげる！』 　ふと、過去のことを思い出す。 　まだ「こちら」が「私」であった頃。 　まだ世界がくすまぬ色を持っていた頃。 　なによりも、まだ「あの子」がそばに居てくれた頃を。 『良いこと？』 『うん。あなたにとって重要で、絶対に知っておかなきゃいけないこと』 『そんなに大事なことなんだ……？』 『そう、大事なの！』 　その頃の「私」はそんな話になんて興味はなくて。 　ただあの子との何気ない会話を密かに楽しんでいるだけだった。 『それは必殺技よ！』 『……』 『うっわ一気にどうでも良さそうな顔になった……いい？　必殺技に関して考えることは実はすっごく重要なのよ？』 『……例えばどんな風に？』 『だって必殺技って格好いいじゃな……待って待って格好いいけどそれだけじゃないの待って帰らないで！』 　だからあまり真面目に聞いてはいなかったし、はっきりと覚えているわけでもない。 　今になって、一字一句すら覚えておけばよかったと後悔するほどに。 『こほん……良い？　必殺技っていうのはね、思い入れのある技のことなの』 『思い入れ……それが、どう大事なの？』 『大事よ！　だって、思いは力になるのよ？　ただでさえ強いあなたの力が、更にパワーアップするの！』 　けれど、「これ」だけは覚えている。 　あの子がくれたものの中で、ひときわ身近にあってしっかりと形として残っているもの。 『……非科学的だし、根拠が無い』 『そう思うんだったら、一度試してみると良いわ。そうね、あなたっていっぱい炎とか出せるし、こんな名前はどうかしら――』 　ならば、「こちら」はそれを守り続けよう。 　「私」が守り抜いたものを、全て受け継いでいこう。 　それが、「私」への供養になるのならば。 「局地殲滅戦術へ移行。戦術名『幽世劫炎』。それでは、焼却します」 　常夜の炎をその身に纏って。 　朱く朱く、深淵のそこまで照らせるように、いつまでもこの身を燃やし続けよう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― Name:羽馬内　苗　Code:炎影の魔女[Mirage] 一人称：こちら 他人称：呼び捨て 口調：ですます調 性質：機械的 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 誰かに意味を貰うことなく育ってしまったオーヴァード。 UGNの過激派に拾われた後は、養成所で戦闘の訓練を受けることとなった。 そこで出会った、名前も知らない「あの子」との思い出が、「羽馬内　苗」、ひいては現在の「炎影の魔女」たる彼女の根幹を成している。 元々戦闘適正の高かった彼女と違い、「あの子」には戦う才能が乏しかった。 それ故に、とある任務から帰還せずMIA判定を下されたのはある種必然だったのかもしれない。 しかし、当時の彼女はその事実を受け止めることができなかった。生還は絶望的であるという事実から目をそらし続けた。 けれども現実は非情なままで、とうとう「あの子」にKIA判定が下されるに至って、彼女の精神は現実との認識のズレから崩壊を始めた。 完全に人格が消え去る寸前、無意識のうちに生み出した「炎影の魔女」としての人格が、現在の彼女である。 命じられたことを命じられたまま遂行する機械。それを己に課せ、そうあり続けようとする人格。 「羽馬内　苗」としての彼女は、もう深淵の奥底に僅かに揺蕩うばかり。 それが表に現れることは、おそらく二度と、ないのだろう。

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