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彼の家庭環境は決して恵まれているとは言えなかった。 彼の父は事業に失敗して以降、賭博と酒、違法な薬物に金を浪費するようになった。 それだけでなく、賭博の失敗による苛立ちを晴らすために妻と息子に暴力をふるうことが日常化しており、 彼は日々父による暴力に晒されていた。 彼の母は病弱ながら息子を夫の暴力からかばい、また夫に対しては更生するよう献身的に接していた。 敬虔なキリスト教徒でもあった彼女は日曜日のミサに欠かさず参加しており、その時は彼も連れられて同席していた。 父の暴力と罵声から遠ざかるその時間は、彼にとっても平穏と安息を意味するものであった。 そんな日々は唐突だが、ある意味妥当な形で終わりを迎えた。 ある日彼が小学校から帰宅すると、リビングが赤く染まっていた。 工具を片手に返り血を浴びた父は、彼に言った。 「ちょっと小突いただけで動かなくなりやがって。役に立たない女だ。 　埋めるにしても沈めるにしても細かくした方が楽だろ。お前も手伝え。」 父の言葉と、分割され散らばった母の体。 それらが何を意味するのか理解した時、彼の理性は吹き飛んだ。 目の前の男を赦してはいけないという激情は、彼の中にあったレネゲイドの力を目覚めさせた。 彼は手にした幻惑の力で母の仇に悪夢を見せた。自らが殺め、解体したはずの女が立ち上がり迫りくるという悪夢を。 工具を手にしていた男は恐怖に目を見開き、転倒し、悲鳴を上げた。 男は恐怖に顔を歪ませながらも逃げ場を探そうとしていたが、悲鳴は長くは続かなかった。 男の精神が直ぐに崩壊し、意識を失ったからだ。 その後の顛末は彼自身はっきり記憶していないが、確かなことはいくつかある。 警察による捜査の後、母が埋葬されたということ。 最早父と呼ぶことさえはばかられる男が、拘置所内で自殺したということ。 そして、彼がUGNに引き取られることになったということ。 UGNに引き取られて以降、今に至るまでUGNチルドレンとして教育を受けてきたが、 彼は特筆して熱心に活動するチルドレンというわけではない。 端的に言えばめんどくさがり屋で、任務は楽に済ませられればそれでいいと考えている。 周囲とのコミュニケーションも積極的とは言いづらく、彼の生活態度からはどこか脱力した印象を受ける。 しかし、侵蝕率の上昇に伴いもう1つの人格が現れると様子は一変する。 普段の人格が隠れると、表情は柔和に、言葉遣いは丁寧に変化する。 見る者によってはもう1つの人格の方が社交的で、人格者であると考えるだろう。 それはある意味で間違っていない。しかし思想に現れた変化は危険で時に有害なものだ。 この状態の彼は、「罪を犯す者はその罪を認め更生しなくてはいけない」という考えに取りつかれている。 そのため彼の前で罪を犯す者、心を痛めぬ者に対して苦痛を伴う幻覚を見せ罪を認めさせようとするのである。 こちらの人格の彼と対峙した者は自らの犯した罪を悔い、自責の念に駆られ、すべてを告白するようになる。 「告解部屋」を意味する「カンフェッショナルボックス」のコードネームはこれに由来する。 大きな変化を望むわけではない。崇高な理想があるわけではない。 ただ今日の当たり前が明日も続けばいい。普段の彼は、そう考えている。

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