タグ： 如月沙夜 引退

元来顔のいい女。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」といった言葉も、「高嶺の花」という言葉も彼女には似合ってしまう。本を読む姿を見れば誰もが聡明そうな女だと言うだろう。 しかし、口を開けば元気であり天然混じりで口調が少し頭が悪そう。正直、前述に対して期待外れである。 また、そういうのも好きだという人間は一定数存在しているが、彼女にとって美人というだけでヘイトを向けられ、普段の自分を出せば期待外れと言われ、そういった環境に毒されてしまっていた。 人からの誉め言葉は表面上のものかお世辞だと思っている。人の心に疑いしかない。 小説家になったのは、顔や話し方以外での他人からの評価が欲しいから。 大ヒット！とまではいかないものの、一定数には人気がありたくさんの応援の声をもらった。うれしかった。 しかし結局彼女に足りないものは愛情だった。 ファンの声が足りなかったとは決して言わない。しかし、自分をただ一人の女性として幸せにしてくれる人を渇望していた。 受け身、と言ってしまえばそれまでだが、彼女はリアリストながらにも大事にしてくれる人が欲しかった。 対等な人間がいない。寂しかった。 家族関係の話をしてみよう 兄はいる、腹違いの兄だった。 父親の前妻は兄を生んだ後、浮気をし蒸発した。もっとも、父親も浮気をしていたため、女に困ることはなかった。 問題は、前妻が子供を置いて出て行ったことだ。いくら自分も浮気をしていたとはいえ、出て行った女の面影を持った兄を丁寧に育てることはできなかった。 兄のことは死なない程度に面倒を見、父親は浮気相手と結婚、その間に生まれたのが佑芽だった。 佑芽は高校に入るまでそんなこと知りもしなかった。 兄は高校卒業後どこかへ行ってしまった。父親には何も言わなかったが、佑芽に対してはただ一言『俺に味方はいないけど、俺はお前の味方だ』と、それだけを告げ去って行った。 自らの天然さに加え、彼女は学生時代美貌による人間関係に酷く悩まされていた。同性からのいじめ、異性からのストーキング、先生からの接近……捌いても捌いても、たった一人捌ききれるものではなかった。 両親に一度は相談したものの「可愛く生まれられてよかったなぁ、俺たちのおかげでモテモテだ」と笑い半分で言われてしまった。 兄は自分を見るなり冷たい目で見つめるだけだった。正直言って何を考えているかわからず不気味だった。 そんな兄から言われたその言葉、聞いた瞬間の感想は、「どうして今更？」だった。 出て行く前に手を差し伸べてくれればよかったのに。今更そんなこと言われたって貴方は出て行くんじゃない。そんなの言われても、頼り方なんてわからない。 兄に対し、信じ込むことはできなかった。 連絡先が書かれた紙は、部屋の中でなくしてしまった。 不器用な兄だと、そう割り切るには時間がかかった。 それでも、結局彼女は一人だった。 小説を書き、感想をもらう。 満たされない日々。 重なる不安。 枯渇。 そんな中見つけたのが彼だった。 ＿＿＿それはまた後日話すことにしよう。それを話すには長い時間を要するだろう。 つまり、身惚れた男とともに彼女は失踪した。 駆け落ちだなんて、ロマンチックな最後じゃないか。 通過シナリオ 深淵の花嫁＿＿引退

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