タグ： 縁あれば千里 救世主HO3

ㅤ玲良の生まれた家は他より少し貧しかった。酒とタバコのにおいを纏い、いつも疲れた顔をした母との二人暮らし。父は玲良が生まれてすぐ出ていったらしい。母は父をいつも「あのクソ男」と呼んだ。 ㅤ玲良の持ち物はいつも従姉からのおさがりばかりだ。玲良には少し大きい草臥れた女児服と、淡いピンクのランドセル。伸びっぱなしの髪と小さな体格のせいもあって、よく女の子に間違えられた。玲良はかわいいものが好きだったからそれでも良かったが、いつもからかいの的になった。 ㅤしかし玲良はどんなに酷くからかわれても毎日学校に行った。熱を出しても、頭痛がしても、おなかが痛くても必ず行った。だって家に居ても看病してくれる人はいないし、食事は大抵菓子パンとジュースだ。それなら学校へ行ったほうが栄養のある温かい食事を食べられて、ゆっくり休める。だから玲良は学校へ行った。毎年皆勤賞で表彰されたけれど、玲良は嬉しいとは思えなかった。 ㅤある日友達の漣が髪を縛ってくれた。体育の時に邪魔だと零したら、ヘアゴムを持ってきてくれたのだ。孤児院の子達によくねだられるのだと話しながら、彼は玲良の髪をふたつに結った。幼く中性的な顔立ちの玲良は、服装なども相まってまるきり女の子に見えるようになった。やっぱりからかわれたし、気味悪がられることもあったけれど、それでも玲良は嬉しかった。「これはいま僕にできる最大の自己表現だ」。玲良はそう思った。 ㅤ小学校6年生の冬、玲良は中学校に上がると同時に親戚の家に引き取られることになった。夜の蝶だった母が当時の客と再婚を決めたからだった。その頃すでに母にとって玲良の存在は煩わしく、追い出されるようにして親戚の家に転がり込むことが増えていたのを、見かねた叔母が引き取ると申し出てくれたのだった。 ㅤ中学校は玲良にとって嫌なところだった。真っ黒な制服も、校則で定められた短い髪も、玲良は好きになれなかった。まして思春期の子供たちにとって玲良は格好のいじめの的であったから、玲良は早々に学校へ行かなくなってしまった。だって、今は毎日学校に通わなくたって温かい食事が摂れる。もともと頭のよかった玲良は、自宅学習だけでも十分やっていけたから、叔母夫婦も何も言わなかった。ただ、「今までの生活で疲れてしまったのね」と、そう零していた。 ㅤ玲良は制服のない高校に進学し、その後服飾専門の大学に進学した。幸い叔母夫婦には他に子供はなく、また叔父の事業が成功して安定した収入があった。夫婦は玲良のことを自分の子供だとは思っていなかったけれど、十分な投資をしてくれた。玲良の服装を理解することはしなかったが、非難することもしなかった。玲良はようやっと好きなことをして生きていくことができた。 ㅤ服を作るのは楽しい。服を着ることも好きだった。誰かを着飾ることも、デザインをするのも、ファッションに関わる全てを愛していた。 ㅤ大学卒業後、玲良はファッションデザイナーになった。服をデザインして、布を仕入れて、型をとって、試しに縫う。試行錯誤して商品にして、店に卸して、店頭に並べてもらって、目に止めた誰かの心を踊らせる。それが玲良の仕事で、誇りで、かつて自分に誓った決意であった。 イメージソング あとのまつり/Peg様

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