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小学生の頃、家族と小旅行で志摩へ行った。 初めて父のカメラを持った。 それはよくあるデジカメであったが、僕にはずしりと重く感じた。慣れぬ手つきで母の写真を撮ると、ピントの合わない母がディスプレイの中で微笑んだ。母はなぜかその写真を気に入ったようで、家に帰るなり写真屋で現像した。 嬉しかったのかもしれない。あんなピンぼけの写真でも、嬉しそうな顔でアルバムにしまう母を見て。単純ではあるが、僕が写真を撮るようになったのはその時からのように思う。 真嶋は母の旧姓である。 アルバムは全てモノクロになった。 僕が中学三年生の頃、父の会社が不況の煽りを受けて倒産。母とよく揉めるようになり、顔を合わせれば争わない日はなかった。母は夜になると家を空けるようになり、父も自暴自棄になり酒に溺れ、家に帰ると僕に当たった。紆余曲折を経、やがて両親の離婚が成立した。 当時の母には子供を育てる能力が無いと認められ、僕は叔父夫妻に引き取られた。 高校に進学することが出来た。週六日はアルバイトをして、あとはずっとカメラで景色を切り取っていた。カメラはいい。 ただ、もう人の写真は撮りたくなかった。 ぼやけた母の笑顔がちらつく。どんな顔で笑っていたか思い出せないが、みんなが笑っていたあの頃を思い返すと、未だに心がキリと痛む。 高校三年間は1人で過ごした。 何かを失うのが怖くて、何も得られなくなってしまった。 大学に進学出来ることになった。叔父に初めてのお願いをした。芸術大学に行きたいと言うと、「好きなようにしなさい。」 叔父はぶっきらぼうで、多くは語らない人だが、その日はなんだか嬉しそうに見えた。 「尊、わたしたち二人の写真を撮ってくれない？」 叔母に頼まれるも、あれこれ悩んで答えあぐねいていたが、やはり撮ることにした。 応えない訳にはいかなかった。 叔父は写真の中でもぶすっとして不満げだが、後日現像してアルバムに入れていたと叔母から聞いて嬉しかった。 失うことを恐れ、なにもできなかった自分。 そんな自分を捨てられたと信じたい。 僕は単純だな。その日から徐々に人も撮るようになった。次はもっと上手に撮ってみせる。

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