タグ： 縁あれば千里 海も枯れるまでHO1

日下秀積(くさかほづみ) ㅤ父は優秀な医者だが家庭を省みぬ人だった。母は劣等感の塊で、いつだって見下せる相手を探していた。弟は要領がよくて、いつも誰かに愛されていた。 ㅤ幼稚園。英会話、体操、幼児教室。 ㅤ小学校。塾、英会話、習字、そろばん、ダンス。 ㅤ中学校。塾、英会話、ダンス、バスケ。 ㅤ高校。塾、英会話、家庭教師、生徒会。 ㅤ幼い頃から医業に就くことが定められていた。そのためにたくさんの習い事をした。くたくたになって帰ってきても、家でもずっと勉強をしていなくちゃいけなかった。 ㅤ自由にできるのは寝る前の一時間だけ。 ㅤ読んでいい本は文学か学術書。やっていいゲームは学習ゲームと頭を使うボードゲーム。食べていいものは給食と家のごはんだけ。遊んでいい友達はお金を持ってる家の子で、でもうちより少し生活水準の低い人。 ㅤ理不尽で多すぎる束縛だが、破ったら怒鳴られて叩かれるし、ひどければごはんを抜かれたから、守るしかなかった。弟は母に甘やかされていたし、何かと上手く誤魔化していつも許されていたけれど、俺にはそんな度胸がなかったからいつも馬鹿正直に怒られていた。のびのびと生きる弟がいつも羨ましかった。 ㅤいつも窮屈だった。ずっと自由なんてなかった。決まりごとだらけの家。選択が許されない進路。学校では優等生と囃し立てられ、いい子ちゃんとうっとうしがられ、顔も相まって女性絡みのトラブルも絶えず。どこにも居場所がなかった。 ㅤなんとか高校を出て大学に進学したものの、ストレスと不眠で倒れて以降学校に行けなくなってしまった。鬱病だろうとされたが、体裁と外面を気にする母に精神科の受診を禁止されて治療ができない。逃げたくても体が水みたいに重くて動かなかった。溺れるような沈むようなそんな心地で、死にながら生きて、生きながら死んでいた。 ㅤ眠れなくなった。目を閉じれば圧し潰されそうなほどの不安でじっとしていられない。 ㅤごはんが食べられなくなった。空腹を感じず、食事を前にすると頭が混乱してしまう。 ㅤ記憶障害が起きた。時計を見ても何時かわからず、自分が先ほどまで何をしていたかわからない。 ㅤ自傷行為が止まらなくなった。乾いた唇の皮を剥くところから始まり、リストカットやODを繰り返す。 ㅤ自殺未遂をした。ネクタイで首を吊る、手首を深く切る、薬を大量に飲む……どれも決定打にはならないと知っていた。医学の心得があったから。死にたいと思いながら死ぬ度胸もない自分を、自分が何より嫌っていた。 ㅤ今日こそ。今日こそ終わらせるんだ。手足が震えて喉が乾く。脱いだ靴をなんとなく揃えて……。 ㅤそこからは、記憶がない。

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