タグ： 海も枯れるまで

　確固たる自分というものを感じたことがなく、周りのマネをして生きてきた青年。 　出身が田舎で、淀んだ人間関係の中で、容姿が美しいという理由だけで勝手に清涼剤扱いされ、外を歩くだけでハラスメントとルッキズムに晒される。 　自分のパーソナリティを、コンビニで売ってる添加物まみれの定番お菓子や、お茶の間の安いエンターテイメントと全く同じように、いつでも手に入る消耗品として扱われ続け、自他の境界を引くことができずに育った結果、ルッキズム丸出しの勧誘を受けても断るすべを持たなかったのが、高校入学の春。 　流されて言われるがままに入部した演劇部で、環境が培ったその演技力と生まれついての美貌が審査員の目にとまったのが、十七歳の梅雨。連日の雨と、カエルの鳴く声が、あの日のスカウトの電話と共に今でも耳に残っている。 　それからの日々は、あの十年間は、まるで寄せ続ける津波のようだった。自分はずっと舞台の上で寝て起きていたのかと思うほど、舞台から見える景色しか覚えていない。あのスポットライトの灯り。舞台まで届く熱っぽいため息、暗闇の中でそれでも輝くほど潤む瞳、観客の心の熱すべてがこもった熱い拍手とカーテンコール。俺のすべて。 　すべてを奪ったのは、安っぽい軽車両と、酔っ払いの運転手だった。 　命に別条はないから、なんだ。生活に支障はないから、なんだ。一番の商売道具に傷一つ無いから、なんだと言うんだ。俺の膝はもう舞台に立つには使い物にならなすぎるんだ。 　生きていけない。心の底からそう思った。無視できない絶望、生まれて初めて自らの奥底から自然と湧き上がった強い衝動、それが死だった。 一ヶ月不定　怪我をしたほうの足のびっこ（本来は日常生活に不便はないのに、不便がでるほどのびっこ）

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