タグ： なまこ式 弁護士 アルキメデスが脱いだ蒙昧

「デウス・エクス・マキナは死んだ」通過後の探索者です。HO2“ヒト”の重大なネタバレを含みます。 人間になれたので適用された2015特徴表：方向音痴(5)、珍しい技能 私の『人生』は、まさにこの瞬間のためにあったのだと思う。 どこかで間違えた振りをして、彼の手に小さい切り傷でも付けてみようか、と過る。人間はそんなことをしない。 アメリカの或る男女の子が、生後すぐ孤児となった。それが私だ。小さな孤児院で普通の子供と一緒に育ち、7歳から“Sugatami”という姓の日系2世家庭の養子となる。教育的内容の本に強く興味を示す『手の掛らない子』、私の記憶には嫌味らしくそう綴ってあった。 11歳の時、父親役だった人物が次々と裁判へ掛けられた。どれも本人にとって身に覚えのあることで、父親はそれを以って凋落し、私は母方の実家に移り住んだ。これは、私が法学に興味を持ったきっかけを説明するのと同時に、“パパ”という言葉が間違った意味で用いられない為の配慮でもある。そのように思う。 順当にアメリカのロースクールを修了し、問題なく弁護士資格を得た後、母方の親戚のコネクションを使って日本滞在を始めたのが1ヶ月前のことで、国際的な仕事のため日本の司法試験に向けて勉強している。これが大まかなあらすじで、観測可能な私の殆ど全て。 当然のように違和感を覚える。頭頂から眉間、鼻の上を通って口を塞ぐような、不透明な仕切りが私の認識を二分していて、左目にはMiku Sugatami、右目には廻転する宇宙が映っていた。 私は両方の目を瞑る。その暗黒には馴染みがある。 パパの顔は全く思い出せなかった。 私の『人生』は、まさにこの瞬間のためにあったのだと思う。 少しの間並んで歩く。これから先、それぞれの望みを叶えるため、二人は異なった選択をする。そして私は、 今日という晴れた日に初めて彼と出会った私と目が合う。 生まれた時からずっと彼の側に居た私と目が合う。 私は両方の目を瞑る。 考えることに疲れた。自分の夢を思い出して、何をするか考える。芸術という言葉で表せないことは宇宙にあまりなかった。 カミを切るような音を聴き取る。 その方向にテーブルがあって、ハサミや糊を持った子供たちが遊んでいる。ふと思い出して、彼の赤い髪を慎重に触った。彼がそれに気づいたかどうか私には分からない。 “ユリカ”という名前を使って振斗区のとある美容院で働いている、正体不明の美容師。 出勤日が不定期極まりなく、特定の客の担当に付くことも無ければ指名することも全く不可能に近いが、そのマイペースさを補って余りある程の凄まじい技術と人間離れした仕上がりによって、一部から畏敬の如き人気を集めている。 一方、客それぞれが持つ嗜好、臨むシチュエーションに応じた調整は苦手としているようで、「周囲からの評判は良くても本人にとっては微妙だった」という状況に陥ることもしばしばある。裏を返せば「自分が想定していなかった自分になれる」という意味を持ち、そんな体験を欲している人物にはうってつけの特徴でもある。 事情に詳しい関係者曰く、彼女の来歴は「百均で揃えたハサミとシャンプーだけを持ち、“練習”と称してホームレスの伸び切った髪を整えて回っている謎の存在として、よく噂されていた」という具合らしく、このエピソードの説得力は妙に高い。というのも、彼女本人はいつも髪を無造作に散らかしたまま出勤してくることが多いので、浮浪者と並んでいる姿にイメージが付きやすいのである。

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