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藤崎桃之助のトラウマ 　藤崎桃之助は物心ついた時から、家の外を知らなかった。家には父親と二人きり、父親は知らない女を連れ込んでは自分を殴る。そのくせ家事ができてないと怒る。殴る。蹴る。押し入れで息を殺しながらただ嵐が通りすぎるのを待つばかりの人生だった。母親は死んだという。祖父母とは絶縁したという。桃之助の家族と呼べる人物は、父親たった一人だった。 　そんな日常が続いていたある日。桃之助は16歳だった。身体もそれなりに大きくなり、父親も、桃之助へ手をあげる回数は徐々に少なくなっていった。しかし、全く無くなっていたわけではなく、何か気に入らないことがあると理不尽に手を上げる性格は変わっていなかった。だから父親はいつも通り桃之助を殴った。しかし桃之助は成長するにつれて”怒り”を覚えるようになった。なぜ自分だけがこうなのか。だらだらと流れるテレビの中では幸せそうな子供があんなにいるのに。 　その怒りは殺意に変わった。父親が泥酔して眠りこけるころ、桃之助は包丁でもって父親を滅多刺しにした。何度も何度も、殴られたところを、蹴られたところを、執念深く何度も刺した。声が出ないようにまず喉から潰した。暴れるから馬乗りになった。刺した、刺した、刺した。ピクリとも動かなくなって、それでも刺した。だくだくと流れる血が温度を失う頃、ようやく桃之助は我に返った。 　そして逃げ出した。ここに居ては自分は捕まってしまう。あんな人間のクズでも殺したらいけないらしい。深紅に染まった裸足で、深夜3時を走った。外になんてほとんど出たことなかったから、体力なんてない。ぜえぜえと息を切らしながら辿り着いたのが閑酔通りであった。

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