タグ： 狂気山脈

山で生き山で死ぬ。それが登山家かつ自然愛好家の両親に育てられ、幼少期から北海道でひたすら山登りをしてきた女、谷川あさひの信条だった。 マタギのような生活を送り時に鹿、時にうさぎ、時にクマをも食ってきた上、日本や世界各地の山を積極的に登ってきた彼女の死生観は非常にシビアで、常に弱いものは死に強いもののみが生き残る、という思考に取り憑かれていた。その一方で山を登る達成感と引き換えに登山家とは孤独であり死ぬ時は一人であること、そして自分のかつての登山家たちのように孤独と共に死ぬことに僅かながらの恐怖を抱いていた。 そんな折、南極にかのエベレストをも凌駕する山が発見されたと耳にした。登山家である彼女は当然第一次登山隊に志願した。しかし、運悪く牡蠣に当たってしまい、無事に死亡。チームから脱落することとなる。とはいえ優秀なメンバーが勢揃いしている第一次登山隊ならばおそらく踏破できるのではないかか。悔しがりながらも帰還を待っていたが返ってきたのは第一次登山隊帰還者0名の文字。狂気山脈はそれほどまで険しいものなのかと息を呑んだ。 しかし、より彼女を釘付けにしたのはその後の報道だった。第二次登山隊の結成、続いて登山隊のメンバーが紹介される中で一人の男に目が止まったのである。 ──オーストラリアからやってくるコージー・オスコー。 もちろん会ったことはない。けれど、名前だけは知っていた。 かつて共にマッターホルンを登った優れた登山家、デナリー・ウォシュバーンが弟も登山をしていると口にしていたのだ。その名もコージー。苗字こそ違えど顔立ちは似ている。まさしく、前人未到の世界最高峰に挑戦しようとしている男の名ではなかろうか。 デナリーは弟の登山の腕はまだまだ発展途上なのだと話していた。そんな友人の弟が、無謀にも精鋭揃いの第一次登山隊が全滅した山に登ろうとしている？ 根拠のない自信に満ち溢れたコージーの写真を見て、彼女は決断した。 私も登ろう。登り切ってやろう。山では強いものは生き弱いものは死ぬ。けれども、一握りの運が全てを変えることもある。山は万物に平等だからだ。もしも、自分の信条を、長年積み重ねてきた世界を変えてくれるのならばこの無謀な男しかいない。ただ単純に、彼女はコージー・オスコーが人類が誰も踏み入れたことのない頂へと足を踏み入れる瞬間を見たかったのだ。 仲間であるはずだった第一次登山隊の弔いもしなくてはならない。彼らの無念を果たすためにも、必ず狂気山脈を踏破するのだ。デナリーは無謀だ、と反対していたが、彼女の弟が行くのに己が行かない理由はない。山があるから登る、それが登山家ならばいまの谷川あさひは登山家としては失格だろう。しかし、そのようなことは瑣末なのだ。何故なら前人未到の伝説を成し遂げようとする者の見届け人として彼女は第二次登山隊へ志願したのだから。 （HO3-伝説の見届け人のHO1をコージーに置き換えてます）

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