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幼い頃から小説を読むのは好きだった。授業中は隠れて図書館から借りてきた本を読み、昼休みも放課後も本とともに過ごす学生時代を送っていた。そんな作間が執筆を始めたのは、ごく自然なことだっただろう。しかし、幼い頃から気難しく引っ込み思案な作間は人に作品を見せることを苦手としていた。自分の作品が衆目に晒され、自分の意図しないところで勝手に批評され揶揄されることを恐れていたからだ。そんな作間に声をかけ、作品を公開するきっかけを与えたのが今の恋人だった。彼女は自分にない価値観を与えてくれたのだ。大学院に通う作間が、「咲間 仁（さくま じん）」として発表した『雑踏の声』は、登場人物たちの人間性や織りなされるドラマが評価され、大手出版社の新人賞を受賞。それからも作品を数本発表していくが、売り上げはどんどん落ち込んでいった。作間は次第にかつての恐怖心を取り戻し始めていた。パソコンを立ち上げれば冷や汗が出て震えが止まらない。デスクの下では自傷で流した血が乾いてこびりついている。かつてあんなに好きだった執筆が、今の自分をこんなに苦しめている。 そんな作間を献身的にサポートしてくれているのが恋人だ。評判がいいと噂の精神科医に診てもらうために一緒に引っ越しもしてくれたし、日常生活がままならないほどに落ち込んでいた時も彼女が支えてくれた。彼女には申し訳ない気持ちを抱きながらも、執筆に追われず療養に専念している。今、僕は間違いなく幸せだ。

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