タグ： 初眠

昔。とある人気俳優と人気アイドルの結婚が大々的に報じられた。 その報道は暫くの間メディアを騒がせ、世間からの注目を浴び続けた。 一部の妬みを除いては、彼らは人々から祝福され、そしていつしか「おしどり夫婦」としてメディアを賑やかせた。 そして暫くたったある日。またしても世間に速報が舞い込んだ。 あの”神無月夫婦”が第一子を授かった、と。 ______________________________ 神無月六科。劇団アサガオ所属。齢22歳。芸歴22年。 父母共に有名人というタレント家系。 父親似の端正な顔立ち、母親似のしとやかな黒髪。 生まれも容姿も所謂「勝ち組」的立ち位置。 また、幼少期から大人の顔、演技、作法を観察していたためか、年齢にそぐわぬ礼儀正しさと演技力で周囲を驚かせ、両親からも周囲からも賞賛を浴び続けてきた。 その賞賛の声は彼の演者としての自信になるはずであった。 そして誰しもがそれを見越し、期待した。 しかし本人だけは違った。 いつしか自分に近づいてくる人間の下心が透けて見えるようになった。 まるで見返りがあることが当然かのように、自分に何かを求めてくる人々を厭らしく感じるようになった。 そして自分の人生が全て「他人の期待」から構成されているものに感じ、その声を、視線を、期待を、煩わしく感じるようになった。 彼は芸名を変え、次第に表舞台から裏舞台につくようになった。 親に敷かれたレールも、好奇の的になることも、誰かの期待に応えることも。もううんざりだったのだ。 そして気がつけば彼は、全てを「曖昧」にしてやり過ごすようになった。 恋愛も。仕事も。友人のいじめも。相談事も。 あくまで言及はしない。 肯定もしなければ否定もしないその生き方は、彼にたくさんの「逃げ道」を与えてくれた。 その生き方は、誰にも否定されたことはない。 上手くやり過ごしているだけに過ぎない。 これが、彼が見出した自分なりの生き方であった。 誰にも文句など言わせはしない。 何もかも、初めから「期待した」そちらが悪いのだから。 ______________________________ 彼はよく夢を見る。 どこに逃げようと、人々の眼差しが、自身を捉える。 「次も期待してる」 「君なら必ず成功する」 「運命さえも君の味方」 「だって君は」 「「「生まれる前からその存在を期待されていたのだから！！！！」」」

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